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第5章 術前・術後のてんかんと高次脳機能~術前・術後の変化を中心に

1.高次脳機能障害

高次脳機能とは、運動、感覚などの一時的、要素的な機能でなく、知覚、認知、行動のプランニングとプログラミング、言語、記憶、注意などの統合的な機能をいいます。その障害は、全般的障害と部分的障害とに分けられ、全般的障害には意識障害(脳の急性侵襲)と痴呆(慢性侵襲)があり、部分的障害は失語、失行、失認、記憶障害(健忘)、注意障害(前頭葉症候)等に分けられています(リハビリテーション医学大辞典)。

2.てんかんのある人患者さんにみられる高次脳機能障害

てんかんのある人患者さん、特に薬剤だけでは発作が抑えられない難治の患者さんに何らかの高次脳機能障害が合併することは少なくありません。最も多いのは知的知能障害ですが、記憶の障害や、言語や行為等に関する障害だけが特異的に認められることもあります。

知的知能障害は、見落とされている場合が意外に多いかもしれません。例えば、小学校に入学したものの友だちをなかなかつくれない、遠足や運動会などの学校行事のたびに必ず問題行動を起こしてしまう等の問題を示すお子さんでは、性格面の問題だけがとかくクローズアップされがちですが、実はこれが知的知能障害に伴う不適応行動だったということがあります。成人患者さんでも、ちょっとの応対だけでは知的知能障害がわからない場合が少なくありません。私どもてんかん専門病院の人間であっても検査をしてみて初めて知的知能障害に気づかされることが時々あります。

記憶障害については、全般的な健忘症状を示す患者さんはあまりみられませんが、記憶に関して「悪い」「苦手」と自覚する患者さんは多くみられます。最近では、過去のエピソードに関する記憶障害が注目されています。「昔、友だちと一緒に旅行したことを全く覚えていないんです。友だちから『ほら行ったでしょ』と写真を見せられても全然覚えていないんですよ。なんでみんな覚えていられるんでしょうか」と話してくれた患者さんがいます。

3.神経心理学的検索の役割

これらの隠された高次脳機能障害を把握するには神経心理学的な検索が必要です。心理学というと、「こころ」の問題や性格の側面だけを扱うと考えられがちですが、神経心理学は、脳と高次脳機能または心理学的機能との関係を調べます。てんかんのような脳に基盤をもつ疾患では、神経心理学的な手法およびその見方は欠かせないものといえます。

また、社会参加に問題を持つ患者さんの社会リハビリテーションを考える際には、患者さんの能力および障害の程度を正確に把握することが必要となりますが、このような場合にも神経心理学的な検索は欠かせません。

ある程度発作がコントロールされている場合、よりダイナミックな運動を行います。立った姿勢でキャッチボールをしたり、ボールを蹴ったりします。(写真5)上手く出来るようになると、より積極的に運動しようとする姿勢が生まれてきます。運動に興味が湧き、病棟でのスポーツ活動にも意欲的に参加できるようになります。

一般的にスポーツは発作による転倒のため、危険と思われがちですが、監視が十分あれば決して危険ではないとされています。一例をあげると入浴の方が監視下での水泳より溺死の危険が高いとの報告もあります。

てんかん患者様は発作のため運動や日常生活が制限されるストレスが身体面、精神面に大きく影響し、運動による運動不足の解消はてんかん治療の上でも必要なことと思われます。理学療法を通して少しでもこれらが改善できるようにお役に立てるように今後も効果的な運動方法などについて考えていきたいと思っています。

4.てんかん手術と神経心理学

てんかんの臨床の中で神経心理学的な手法が最も必要とされているのは、てんかん手術に関連した臨床です。難治てんかんに対しては外科手術が行われる場合が増えてきました。その手術成績は概して良好であり、かなりの患者さんで発作が抑制されることが知られていますが、手術は脳の部分切除であり基本的には危険を伴いますから、手術後に片麻痺が出現したり、言語や記憶等の何らかの高次機能に関した後遺症が出現する危険性を否定出来ません。

神経心理学的検索はてんかん手術の前と後とに行われ、その状態像の把握に寄与しています。この検索では、知能、記憶、言語といった基本的な検索に加えて、手術部位に応じた機能チェックが行われます。検索に用いられる検査は施設によってやや異なっていますが、知能や記憶などの基本的な検査については、検査種類もほぼ共通しており、施設間での比較が可能となっています。

5.側頭葉てんかん手術後の神経心理検査成績

側頭葉てんかんの手術後の経過については、現在、さまざまな施設からの報告がみられていますが、総じて術後の神経心理学的経過は良好なようです。

手術後、発作が改善した場合、知能は術前に比べて良化する場合が多く、多数例の検討では統計学的に有意な上昇を示します(三原ら,2000)。記憶については、手術した側に応じた記憶の低下、例えば左側(言語優位側)の手術では言語素材についての記憶(言語記憶)の低下が生じ、右側の手術では図形などの非言語記憶の低下が生じるとされてきました。しかし、詳細に検討してゆくと、言語記憶の低下は側頭葉皮質にてんかん焦点を持っていた患者さんに限られ、また、右側切除で非言語記憶が低下することもそれほど多くないようです。私どもの検討した結果においても図形記憶の低下は示されませんでした。

その他、自分自身や社会に起こった過去の出来事を思い出すような記憶(逆向性記憶)や、一般的な事実や物事、世界に関する知識(意味記憶)、自転車に乗ったり縄とびをするなどの運動の記憶(手続記憶)にはめだった変化はありません(船越ら,1998)。

一方、記憶以外の機能、例えば前頭葉が関与すると考えられている機能は術後に改善しますし(船越ら,1992)、見ることや聞くことなどの認知面にも粗大な変化はありません。むしろ左右の両方の耳に同時に言語音を聞かせると、手術した反対側の耳の認知能力が高まります(千本木ら,1989)。言語能力の側面については、左側を手術した患者さんでは,物の名前を言う、言葉を思い出すことに低下がみられることがありますが、右側の手術で問題は生じません。

以上のように、側頭葉てんかんの手術の場合、記憶に関しては術後に低下する可能性を持つものの、それ以外の機能については比較的安全に保たれると考えてよいように思われます。

6.側頭葉てんかん手術後の記憶低下の自覚

手術後に記憶の低下を訴える患者さんがみられますが、必ずしも術後の記憶検査成績とは一致しないようです。記憶の自覚と術後の記憶検査成績、さらに性格的な側面との関係を調べたことがあります(船越ら,1995)。記憶障害の自覚と性格面での神経質さとの相関が認めら れ、記憶低下の自覚には性格面の関与が大きいことがうかがえました。しかし検査室で行う記憶検査が患者さんの生活すべてにわたる記憶を検出できているとも考えられませんので、今後もさまざまな方向から記憶の能力を探ってゆく必要があると考えています。

7.側頭葉てんかん手術の人格面への影響

かつて側頭葉てんかんに対する外科手術は人格変化を生じると考えられてきました(長谷川,1959)。しかし当時の手術は、現在のものとは術式も患者選択の精度も異なっており、現在では術後の人格変化は否定されています。私どももロールシャッハテスト(船越,2003)、EPPS性格検査(船越ら,1991)などの人格検査を用いて術前後の人格面の変化を調べたことがありますが、いずれの検査においても明らかな人格の変化は示されませんでした。術後には全般に活動性が上がる場合が多いようですが、これは発作の改善に伴う活発化であろうと考えています。

8.側頭葉外のてんかん手術の影響

側頭葉以外のてんかん手術の影響についてはあまり報告がありません。現段階では、てんかん手術は側頭葉を対象とする場合が主であり、他のてんかんの手術は限られているためです。

前頭葉てんかんの手術については、私どもも知能成績についてしか検討していませんが(船越ら,1999)、側頭葉の手術と違い、術後すぐに改善するというわけにはいかないようです。術後3ヵ月目に行った検査に変化はなく、術後2年を経過してから行った検査で上昇を示しました。ある程度の時間が経過してから改善を示すという結果でした。

その他の脳葉(後頭葉や頭頂葉)のてんかん手術については、手術数は多くなく、あまり細かくは言及できません。ただし、当センターでのこれまでの経験からすると、側頭葉、前頭葉の手術とはややニュアンスを異にするようです。失読や失算、失認などの症状が手術後に出現することもあります。

9.その他の要因の影響

手術時の年齢は手術後の検査成績に影響するようです。私どもは、手術時の年齢が40歳を超えていた患者さんと、30歳未満で手術を受けた患者さんの神経心理検査成績を比較し、40歳を超えてから手術を受けた患者さんでは、検査成績の伸びが乏しいこと、特に記憶については低下することを見出しました(Funakoshiら,2002)。実際,個々の患者さんをみていても、やはり高齢で手術を受けた患者さんでは、言語や記憶に低下を伴いやすい印象があります。

その他の要因として、術前での成績が高いほど術後に低下するのではないか等が論じられてきましたが、これらに関する追試は行っていません。

10.てんかん手術後の神経心理学的リハビリテーション

手術後の神経心理学的リハビリテーションの実態についてはほとんど知られていません。論じてきたように、術後に重篤な障害を示す患者さんが多くなかったことが原因していると考えられます。しかしながら、手術の多様化に伴い、今後はこれがどうあるべきかを論議すべき時代になってきたように思います。個々の手術ごとに術後の問題点は異なりますので、それぞれの手術に応じたケアを考えてゆかなければなりません。側頭葉の手術では、記憶そのものを改善することは無理としても、記憶しにくさを補助する方法を訓練出来ればと思いますし、後頭葉や頭頂葉の手術では視知覚に関連した問題をカバーする方法を考慮できればと思います。訓練の開始時期、訓練の対象とすべき障害なども明確にしてゆければと思います。

てんかんに関する神経心理学の今後の課題と考えています。

心理士 船越昭宏(現・はなみずきクリニック)